活動方針

活動方針

・会員は全員平等である。

役職・学年・年齢・加入の先後を問わず、全員が平等である。会員には互いの意見を尊重し、意見の多様性を認めることが求められる。運営は民主的に行われる。

 

・サークル登録は、あくまでも手段である。

私達は、同志社大学のサークル登録団体である以前に学生団体であり、生きた人間の集まりである。個々人の活動が集まって団体となり、その活動を円滑に行う為のツールが登録団体であるに過ぎない。私達の活動は個人の興味・関心・憤りなどに立脚しているし、個人の尊重なしに私達の活動は成立し得ない。登録団体であり続けるために活動に制約をかけることはあってはならないし、例えば大学側からの処分を回避するために特定の個人を切り捨てる様なことがあってはならない。「登録団体なんだから○○はすべきではない」、「××みたいなことをしたら大学から睨まれるぞ」、そのような思惑が私達の活動に影響を与えることは許されない。将来的に私達が登録団体という枠に収まり続ける必要性は必ずしもない。

 

・同志社大学における活動の受け皿となる。

私達はもちろん学生団体であり、学生によって運営されている。しかしそれは私達の活動に関わる人間が学生のみであるということを意味しない。あらゆる企画を通じて社会とのつながりを広げていくと同時に、私達自身が大学内での活動の受け皿となる。私達が同志社の学生にとって有益であると判断すれば、第三者発行のビラやポスターを私達の責任のもとにおいて配布・掲示したり、講演会の共催や招聘といった形で積極的に学外者が学生にアプローチするチャンスを作り、学生が授業では学び得ない学びの機会を提供する。ジャバスタは同志社における活動のプラットフォームである。なお、これはジャバスタが学外団体の支部団体であることや、特定政党・宗教団体の宣伝・布教活動に肩入れするということを意味しない。

 

・大学当局の言うことに屈しない。

現在の大学当局、そして担当部署である学生支援課の態度は大学に忠誠を誓った団体にのみ活動を認め、それを拒否した団体には支援課自ら弾圧に乗り出す、およそ支援とは呼べないものである。そして大学当局は「ルールに従え」と言いながら、そのルールを明文化せずに学生に教えず、大学にとって都合の悪い団体には処分をちらつかせ、学生の活動をコントロールしようとしている。つまり、いつでも好きな様にルールを作り、恣意的な処分ができる状況なのである。これでは「権力者の機嫌を損ねたら処刑される」という独裁国家と何ら変わらないではないか。常識が人によって異なる以上、あらかじめルールが明示され、何をしたらどんな処分が下されるかが事前に明らかになっていて初めて自由は担保されるのである。(罪刑法定主義)こんなことは法学部の1年春学期の授業で習うことである。私達は学生団体の活動は唯一学生の興味関心によって運営されるべきだとの考えから、このような不当な大学当局・支援課からの介入に対して断固としてたたかう。

 

※(筆者注)ちなみに、支援課の職員たちは「ルールを明文化するとそれが学生への規制になる。」とか意味不明な論理を唱えている。ルールも作らずに常識や一般論という曖昧な主観的なもので処分を行っている現在のほうがよっぽど学生に対する規制になるということすらわからないのだろうか。なぜなら何やったら処分されるかわからないのだから。

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